Profile 001: 立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口 治明氏

1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。1972年、京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年、日本で初めてインターネットを主要な販売チャネルとする新しいスタイルの生命保険準備会社であるネットライフ企画株式会社を創業し、代表取締役社長に就任。2008年 免許を取得後、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更して開業。2012年上場。10年間社長、会長を務める。2018年1月より現職。

「未知への恐れ」と正しく向き合う勇気が、未来を変え、新しい時代を創る
~ 「不知の自覚」こそが、すべてのスタート ~

「まず、私たち人間は決して賢いわけではなく、何も知らないのだということを自覚する必要があります。自分が知らないことを自覚し、その自覚に立ってファクトベースで正しく知を得て、正しく行動する。それが大切です。」

出口さんの新著『還暦からの底力 ~ 歴史・人・本に学ぶ生き方』を、もう読まれただろうか。

『哲学と宗教全史』、『知的生産術』、『人類5000年史 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇・中世篇』、『本物の思考力』、『リーダーは歴史観をみがけ 時代を見とおす読書術』等、多数の著書を執筆し、日本におけるリベラルアーツの第一人者として活躍する出口さん。国内大学ランキングでは「国際力」において有数のトップ校「立命館アジア太平洋大学(APU)」の学長として、次世代教育に大きな情熱と愛情を注ぐ。そんな出口さんが、本音で語る言葉は心に刺さる。

「138億年も前に起こった大爆発ビッグバンによって宇宙が誕生したわけですが、実際のところ宇宙の歴史について人間がわかっているのは17%程度。残りの83%は未知のままです。私たち自身の人間の脳の仕組みでさえ、10%もわかっていないとの説もある。微生物についても同様で、この地球上には未知の微生物が天文学的な数字で存在している。つまり、知らないことばかり。私たち人間は、決して賢くないのです。」

私たちは無知であるという事実に向き合う謙虚さを、まず持つ。
未知なるものと向き合うときの姿勢を、正しく持つ。
私たちは、そんな基本の姿勢を忘れてしまってはいないだろうか。
出口さんは、そう問いかける。

知らないこと、わからないこと。未知は「怖い」という感情を引き起こす

「生物多様性の問題も、気候変動問題も、新型コロナウィルスが引き起こしたパンデミックも、本質的には同じです。いずれも、私たち人間にとっては未知との遭遇であり、わからないことが多い。正しく知らないから、対処ができない。だから、私たち人間はわからないことを、怖いと感じるのです。」

出口さんは未知なるものと出会ったとき、「正しく知り、正しく行動する」ためにファクトフルネスに基づいて考えることの大切さを指摘する。

データのオープン化が進むいま、最新の事実に基づく正しい世界や物事の見方、事実認識を歪めてしまいがちな人間の本能の抑え方を学ぶことの重要性はますます高まっている。しかしながら、実際には物事を考える上で、最低限知っておくべきともいえる簡単な事実すら私たちは共有できていないことも多い。ファクトチェックは私たちがどういう状況にあるのかを正しく知るための大切な行動であるにも関わらず、残念ながら日本においてファクトフルネスに基づく議論は、そう多くない。

知識は力なり( scientia est potential: knowledge is power )

「私たちひとりひとりのリテラシーを底上げしていくことが、最優先。知識は力なり、です。」

私たちビジネスパーソンにとっても、出口さんは「常に未知に挑戦し、打ち克つ智者」として、たくさんの勇気と創発を与え続けてくれる大切な先達のひとりである。

日系大手生保企業でロンドン支店長としてグローバルにご活躍されただけではなく、60歳で日本で初めてのオンライン生命保険会社を立ち上げて上場に導く偉業を遂げている。そして、2018年からはアカデミアの世界で学長としての新しい再スタートを切っている。多忙を極める毎日を送られていることは想像に難くないが、これまでに世界1200都市以上を訪問し、1万冊以上の本を読破したというのだから本当に凄い。それに加え、出口さんは老若男女を問わず圧倒的に幅広い交友関係を築き上げている。分け隔てのない温かくチャーミングなお人柄、知識というパスポートを手に真の自由を謳歌されている生き様は、万人を魅了する。

出口さんは、私たちがいま直面しているグローバルでの連携なしには解決することが難しい2つの地球規模の課題についても、正しい行動を導き出すために、まずはファクトベースで正しく知ることが大切だと指摘する。

1.気候変動
パリ協定を受けて作成されたIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change: 国連気候変動に関する政府間パネル)の『1.5℃特別報告書』では、温暖化によってサンゴ礁が今後も非常に高い確率でダメージを受けることが指摘されている。1.5℃の上昇によってサンゴ礁の生息域は70-90%減少し、2℃の上昇となれば99%が減少するという。私たちは、この未曽有の地球規模の課題をどのように捉え、理解を進めていけばよいのだろうか。 

「第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)は今秋に英国で開催予定でしたが、新型コロナウィルス感染症のパンデミック(世界的大流行)によって来年に延期となってしまいましたね。気候変動は極めて複雑なシステムで、人間は世界最高水準のスーパーコンピュータをつかってシミュレーションをを進めているわけですが、私たち人間はいまだにそれほど賢くはないので温室効果ガスのシミュレーションができない。それでもCOP21(2015年12月開催)では、世界全体の削減目標を設定したことに加え、途上国・新興国にも温暖化対策への自主的な取り組みが求めるパリ協定が締結された。わからないことは怖いので、ここはみんなで協調して、わかるまでは温室効果ガスを止めておこう、と国際的に取り決めたわけです。」

「トランプ大統領によって米国が脱退表明をする事態となりましたが、ここで大切なことはカリフォルニア州・ニューヨーク州・ワシントン州の3州が連合を結成し、連邦政府の考えとは無関係に州レベルで温暖化対策を取り続ける意思を表明しているということです。米国は合衆国で、州権がとても強い国です。このファクトを押さえておくことが、大切です。トランプ大統領の脱退表明によって、気候変動に対応するための国際的協調の枠組みが崩れると考えてしまうのは尚早です。」

ファクトチェックをするときは、森だけをみて木を知ったつもりにならないように気をつけよう。
その逆(木をみて森をみず)も然り、だが。

2.パンデミックによる分断の危機
新型コロナウィルスの蔓延は、私たち人間の社会経済基盤がいかに脆弱かという現実を突きつけた。すべてが繋がっていた世界が、国家が発動した非常事態宣言によって一瞬にして分断されざるをえなくなり、宣言解除後も、私たちの日常生活の大部分はバーチャルへとシフトしつつある。ウィズ・コロナの世界と、私たちはどのように向き合い、どのように生きていけばいいのだろうか。

「まず押さえなればならない事実は、ウィルスによるパンデミックは自然現象であって、戦争など人類間の争いではないということです。自然現象なので、人間にはコントロールできません。」 

「ウィルスは、数十億年の時間を生きています。人類の歴史は、地球上に誕生したホモ=サピエンスから20万年くらい。自然界ではウィルスが圧倒的に大先輩です。いま、新型コロナウィルスは、私たち人間にとって怖い存在です。なぜ怖いかというと、第一に、ワクチンがない。第二に、進化するタイプのウィルスかも知れず、わからないことが多く、対処ができない。第三に、ウィルスにかかっても無症状の場合があるため、私たち自身がウィルスを保有しているのかどうかもわからない。わからないことばかりなので、感染の拡大を防ぐためにはステイホームしかない。ボッカッチョの『デカメロン』は、ペストの恐怖が蔓延した14世紀に、街を逃れたイタリアの男女が、郊外の別荘にこもり、おもしろおかしい話をし続ける話で、いわばステイホーム本。人間が、未知の自然現象を前にできることはいまも昔も、変わらないわけです。また、苦しい時を乗り越えていくためのチカラとなる、人間がもつ明るさも変わらない。」

なるほど、未曽有のパンデミックという事態に直面した私たちができることは、ただ悲観するのではなく、明るく楽しく「ステイホーム」を実践すること。確かに、どんなに悲観してみたところで、事態は変わらない。

「パンデミックは自然現象なので、必ず終わります。そして、歴史的なパンデミックによって人類は大きな犠牲を払いながらも、新しい時代を切り拓いてきました。」

歴史的なパンデミックは、いったい、どのくらいのスケールで、どのような変化をもたらしたのか?

「まず、14世紀に流行したペストは、当時のヨーロッパの1/3の人口を死にいたらしめました。人類にとっては大きな厄災でしたが、これによってヨーロッパではルネッサンスが興ります。どれだけ神にすがっても事態は解決しなかったので教会の権威が落ち、人々は神から自由になって人間中心の世界へと価値観をシフトさせていきます。」

「次に、15世紀のコロンブス交換です。新大陸到達によって、当時の先住民の90%が亡くなっています。ヨーロッパからもたらされた病に、彼らの多くは免疫をもっていなかった。しかし、このときに人類はジャガイモやトウモロコシ等、現代においても欠かせない新大陸の産物を交易の発展によって手に入れることができるようになった。」

「そして、20世紀に流行したスペイン風邪です。当時の世界人口は約20億人でしたが、およそ5,000万人の死者を出しました。このことは、第一次世界大戦の終結を早め、国際連盟を生みました。」

「歴史的なパンデミックに人類は多大な犠牲を払いながらも、グローバリゼーションやイノベーションに繋げてきた」という出口さんの視点に、感銘を受ける。・・・なにごとも、禍福は糾える縄の如し、ということか。

「今回の新型コロナウィルスによるパンデミックも、大きなパラダイムシフトをもたらすのではないかと考えています。テクノロジーを活用した新しい生活様式が、いよいよ浸透してくるのではないでしょうか。」

確かにWEB会議ツール『Zoom』等を活用することによって、物理的距離の制約を受けることなく、かつ時間を効率的効果的に使えることも多くなった。テレワークが当たり前の世界となって、初めて1億人総活躍社会の実現が現実味を帯びてくる。「危機」という漢字は、「危険(Risk)」と「機会(Opportunities)」の意味を併せ持つ。ぜひこの機会に、日本の組織マネジメントにおける抜本的なトランスフォーメーションを期待したい。

正しく「つながる」ことは、繋がり栄えること

地球規模の課題は、いつもグローバリゼーションの光と影を浮き彫りにする。モビリティの発達によって、ヒトと共に新型コロナウィルスも世界中を移動、急速に広まった。グローバリゼーションによってヒト・モノ・カネ・情報が高速で移動して繋がっている世界はコネクテッドで、一つのインパクトが私たちに与える影響は大きい。

出口さんは、こうしたグローバリゼーションの影の一側面だけを切りとるのではなく、グローバリゼーションの光もしっかりと理解をした上で全体像をつかみとって考えることが重要であると指摘する。

「テクノロジーの発達によって私たちが必要とする世界中の情報を共有でき、事態解決に向けた国際協調ができているからこそ、パンデミックという危機にあってもパニックにはなっていないということを私たちは忘れてはいけません。」

「たとえば、経済について考えてみましょう。民間エコノミストの予測平均によると、今年4~6月期の国内総生産(GDP)は年率マイナス20%まで落ち込むと予想されています。日本のGDPが約500兆円ですから、およそ100兆円がなくなってしまうわけです。ところが、日経平均株価は一時期は1万円台に落ち込んだものの、いまは回復しています。世界各国の中央銀行の国際協調が成り立っているからこそ、市場が安定しているといえます。1929年の世界恐慌時にはG7も、G20もなかった。グローバリゼーションは、国際協調を促進し、国際的な安定に寄与します。」

「近代文明の象徴である自動車の生産について考えてみても、いかに私たちの生活がグローバリゼーションの恩恵を受けているかがわかります。自動車を生産するためには、燃料、金属、ゴムが必要ですが3つの材料を国内で調達できるわけではありません。1国だけで調達ができれば自国ファーストで各国との交渉ができますが、そうはいかない。だからこそ国際協調が進み、グローバリゼーションがここまで進んだのです。」

仮に日本が国際協調のない世界で自国だけで生きていこうとした場合、真っ先に日本が困るのはエネルギーの満足な供給。ある試算では、石油なしでは3日もつかもたないかだという。江戸時代の日本では、飢饉が頻繁に起きた。なぜか。それは鎖国や封建制度の枠組みの下で、人々には移動の自由もなく、コメの移動にも幕府の許可が必要で輸入も不可。情報の流通にも制限があり、人々には選択肢がなかったからだという。つまり、正しく繋がることは、栄えることなのかもしれない。

リベラル・アーツの考え方の淵源は古代ギリシアにまでさかのぼり、本来は「人を自由にする学問」を意味しているという。つまり「リベラル」という形容詞には「自由にする」、「解放する」という動詞的な意味がこめられている。人間の歴史は、これまで自由と解放を獲得するための闘いの歴史だった。その闘いは、現代になっても尚、終わらず、続いている。私たちにとって「自由になる」ということは、制度的にも、精神的にも、かくも重要なことなのだ。シェイクスピアの戯曲『テンペスト』でテーマとなっている”アリエルの解放”は、実は私たち人類にとって重要なテーマなのかもしれない。

世界の「智慧」をまなびつづけよう

地球規模の課題を解決するためには、ファクトフルネスを大切に、正しく知り、正しく行動する。そして、世界と正しくつながって、グローバルにみんなが栄える未来の共創を目指し、解決行動に向けて国際連携を促進する必要がある。

それでは、そのための具体的な一歩として、私たちはどのようなことを意識していく必要があるのだろうか?
出口さんの、さらなる暗黙知に学びたいと思い、問いを立てる。

「明治維新の岩倉使節団は、日本の近代化を進めるために欧米列強へ視察に行き、政治、経済、軍事、産業などあらゆる分野の世界の智慧を集めて周りました。当時、大臣の半分を海外へ送っています。」

情報収集と開国。
いつの世も、大きく心を開いて世界の「智慧」をまなびつづけることが大切なようだ。

「パンデミックは一種の自然現象であり、人間ではコントロールできない。でも人間はお互いを思いやることができるから、人間が無力なわけでは決してない。著名な遺伝子生物学者のリチャード・ドーキンスが、そうツイートしています。感染症拡大防止のために私たちができる唯一のことはStay Homeですが、エッセンシャルワーカーの人々はStay Homeができません。そして彼らがいなければ、私たちの生活は成り立たない。まず大切なことは、彼らに感謝をすること。このことを決して忘れてはいけません。次に、Stay Homeをすると働かないわけですからマクロでみたら収入減になります。ここで重要になってくるのは所得再分配政策です。この所得再分配政策を適切に決定・実行していくためには、優れた政治リーダーがいるかどうかが大きい。また、ひとりひとりのリテラシーが高いことが重要です。みんなががんばれば、必ずよい社会をつくっていくことができる。僕はそう信じています。」

感謝、思いやり、リーダーシップ。
「ひと」として、どれもとても大切な要素だ。

出口さんが共有してくださる暗黙智は、私たちが危機を機会に変え、新しい時代を切り拓いていくための羅針盤として、どれも大切にしていきたい人生の資産である。

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