Profile 003: 横浜市繁殖センター

▲ 横浜市繁殖センター所長の尾形光昭さん。

横浜市繁殖センターは、よこはま動物園ズーラシア園内(以下、ズーラシア)の非公開エリアに、併設。横浜市立動物園3園(ズーラシア、金沢動物園、野毛山動物園)の研究機関として「種の保存」に関する研究や希少な野生動物の累代繁殖の社会的使命に取り組み、国内絶滅危惧種となっているライチョウ等の「日本産希少動物の保全」だけでなく、インドネシアのカンムリシロムク等の「国際的な希少動物の保全」を通じた国際貢献活動にも寄与している。

38億年の生命進化とイノベーションの歴史からみえるもの

生物は進化の過程で、「死」という自己解体を行うことによって生態系に還元された物質を活用し、子孫を繰り返し誕生させることによって、地球の環境変化に適応する術を身につけ、大自然の中で累代繁殖による存続と淘汰を繰り返してきた。その進化の過程で、私たち人間はホモ・サピエンスとしてサルから分岐して700万年をかけて進化してきたとされているが、それは弱肉強食の殺戮の歴史でもあった。いのちの終わりは「死」。そして、種の終わりが「絶滅」。だが、終わりは始まりでもある。大絶滅を乗り越えた生き物の中から、私たちホモ・サピエンスのような次の世代が大進化を遂げて現れる。それは、自然の大いなるイノベーションともいえる。かように絶滅は自然の仕組みのひとつではあるものの、多くの種が絶滅してきた歴史を振り返ると「自然が引き起こした絶滅」と「人間が引き起こした絶滅」があり、後者の場合はイノベーションを生み出しているわけではないことにホモ・サピエンスの原罪をみる想いである。

そしていま、地球は自然由来ではなく、人間活動由来の6回目の大絶滅期を迎えているという。この地球上に70億人となった私たち人間の経済活動が、技術革新等によって、かつてないほど増大した現代では、人間活動が生物環境に与えている影響は甚大で、それによる環境破壊や、種の絶滅のスピードも、加速化してきている。生物多様性の減少と気候変動が加速化する中、地球の姿が変わり果ててしまう前に、私たち人間は、この非常事態にどのように向き合えばよいのだろうか?

よこはま動物園ズーラシア園内には、一般には解放されていない非公開エリアがある。横浜市繁殖センターはその敷地内にあり、10数名の研究者や獣医等の「動物」のスペシャリスト達が、希少とされる国内外の野生動物の飼育・繁殖・種の保存と、それにまつわる調査と研究に取り組んでいる少数精鋭の研究開発組織だ。ここでは、どのような取り組みがなされているのだろうか?尾形所長にお話を伺った。

希少種の「いのち」を未来へと紡いでいく、それが使命
~連綿とつづく「いのち」のいとなみを未来へ繋ぐということ


▲ 横浜市繁殖センターの外観。

「横浜市繁殖センターは当初、欧米の先進的な施設(例えばアメリカ合衆国スミソニアン国立動物園のConservation and Research Center)を念頭に設立されました。一般的に、動物園が有する役割として ①レクリエーション ②教育 ③研究 ④保護(保全)が挙げられます。20世紀後半以降、野生下での絶滅危惧種の増加などを背景に動物園の有する”保全”機能が次第にクローズアップされるようになりました。そのような時代背景の中で、折しもよこはま動物園の設立が検討されており、横浜の動物園施設として”種の保全”においても貢献していくことを目指し、横浜市繁殖センターがよこはま動物園内に設立されました。」

夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。

幕末動乱期、後に明治維新を打ち立てることになる多数の門下生を育てた吉田松陰の名言を想起させるような、繁殖センター設立時の至大な理想に胸がはずむ。いったい、どのような方々が、横浜市繁殖センターでお仕事をされているのだろうか?

「現在の職員は、常勤と非常勤をあわせて14名です。常勤職員のうち、獣医師1名、動物飼育等に係る技術職員(動物職)が4名、所長1名です。現在は、常勤6名と非常勤3名が研究に携わっています。チーム制は採用せず、研究内容により適宜、担当を定めています。」


▲ 研究者が顕微鏡で精子を凍結する前の検査をしている様子。「性状検査」と呼ぶことが多い。

繁殖センターの飼育棟では、マレーバク、スバールバルライチョウ、カンムリシロムク、ミゾゴイ、カグー、ホオアカトキ、コンゴクジャク等、13 種 253 点の動物の飼育・繁殖に取り組んでいるという(2019年2月末時点)。飼育・繁殖の選定する際は、何を基準としているのだろうか?

「設立時に、横浜市立動物園(野毛山動物園)で飼育されていた動物種の内、野生下で絶滅の危機に瀕している動物種を、主な飼育対象種としました。IUCN(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources: 国際自然保護連合)や環境省のレッドリスト、もしくは県のレッドデータブックを基準の一つとしています。その後、環境省の保護増殖事業に参画するなどの経緯を経て、日本国内および横浜市内の動物種の保全にも取り組んでいます。」

絶滅危惧種を保全するとなると、様々なステークホルダーの巻き込みが必要になってくることが想像される。繁殖センターとして、外部と連携することもあるのだろうか?

「日本国内の動物園施設ならびに大学等研究機関が連携している環境省ライチョウ保護増殖事業が、代表的な外部連携事業になります。2013年度より事業に参画し、飼養管理の共同研究等に取り組む一方で、2018年度よりニホンライチョウの飼育も繁殖センターで始めています。」

野生での絶滅の危険性が高いといわれている、ニホンライチョウ。これまでの研究成果が評価され、2019年には新たに2羽を導入。生息域外保全に、鋭意取り組んでいるという。


▲環境省第4次レッドリストでは「絶滅危惧ⅠB類」に指定されている。北アルプスや御嶽山、南アルプスなどに2000羽弱が生息。標高2200メートル以上の高山帯で暮らし、特別天然記念物に指定されている。

繁殖センターの外部連携事例は、国内にとどまらない。インドネシアのカンムリシロムクの繁殖と野生復帰に取り組み、成功させてきた。フェーズごとに直面したチャレンジや、インドネシア現地との協働の中で特筆すべきエピソードについて、お伺いした。

「2003年に近絶滅種であるカンムリシロムクの保全を目的に、インドネシア共和国と横浜市の間で、横浜市からインドネシアへカンムリシロムクを里帰りさせる合意文書が締結されました。2018年までにカンムリシロムク160羽がインドネシアに里帰りしています。里帰りしたカンムリシロムクは、インドネシア国内の飼育施設で繁殖に供され、その子孫の一部は野外生息地に放されています。」


Photo credit goes to Zoorasia: インドネシアのバリ島の「バリ・バラト自然保護区」の一部にしか生息していないカンムリシロムク。1912年発見当初から生息数は多くなかったものの、近年の生息地の開発とその美しい羽色ゆえに飼鳥として乱獲されたことから激減。IUCNレッドリストでは、絶滅危惧IA類(CR)に指定されている。

「一方で、2004年~2015年にJICA草の根協力事業として、カンムリシロムクの最後の生息地である西バリ国立公園(バリ・バラト国立公園)職員等に対し、カンムリシロムクの飼育等に関する技術協力を行いました。フェーズ4まで継続しましたが、開始当初は双方の意思疎通が上手くいかないこともありました。しかしフェーズが進むにつれ、双方の信頼が醸成され、現地におけるカンムリシロムク保全の機運が高まったと感じています。」

「本事業を契機に、2005年にインドネシア国内で“カンムリシロムク保護協会”が設立されたのも成果の一つと感じています。また、インドネシア共和国の関係者により、カンムリシロムクを野生に放す(放鳥)計画も策定され、計画的な放鳥が実施されるようになったことも大きな成果と感じています。」

日本とインドネシア間で技術協力関係が結ばれ、相互の努力の積み重ねによって、絶滅寸前の「いのち」が息を吹き返すように育まれていく。そしてその「いのち」を未来に紡いでいく協力の輪が、海を超え、異文化を超えて、さざ波のように広がっていく。なんと尊い、取組みだろうか。

絶滅危惧種とバイオテクノロジーの未来


▲ライフサイエンスに関する研究が進み、バイオ医薬、再生医療などの新しい医療、乾燥に強く収量の多い作物による食料生産、再生可能なバイオエネルギーの生産など、バイオテクノロジーは新しい医療、環境、エネルギー産業の発展など私たちの生活向上に大きく貢献している。

ホモ・サピエンスが獲得した「道具を目的の用途に合わせて改良をすることの出来る能力」は、人間を他のどの種よりも変化に速く対応することを可能とした。今後、私たち人間はテクノロジーを活用することで、絶滅に向かう種を守ることができるようになるのだろうか?

米国のサンディエゴ動物園はFrozenZoo®(凍結動物園)という登録商標で約1,000分類群の生細胞培養、卵母細胞、精子、および胚を凍結保存。FrozenZoo®の12のキタシロサイ細胞株を使用して幹細胞を開発し、胚を生成するためのキタシロサイの精子と卵母細胞を生成する「キタシロサイ・イニシアチブ」というプロジェクトを推進している。野生のキタシロサイのオスは2018年に絶えてしまい、絶滅寸前とされている。

繁殖センターにも、凍結動物園があるという。どのような取り組みがされているのだろうか?


▲ マイナス196℃に凍結して保存されている飼育動物の精子。

「一般的な”冷凍動物園”に相当するものとして、主に飼育動物の精子の凍結保存に取り組んでいます。これまでに横浜市立動物園での飼育動物54種の精子を凍結保存しています。また、ズーラシアと共同で2014年度以降、ツシマヤマネコなどの人工繁殖にも取り組んでいます。まだ、成功には至っていませんが。」

「国内の動物園で、クローン技術を活用した事例は把握していません。海外ではガウルという野牛のクローン作成が有名です。他にも報告はありますが、仔の生存率は高くないようです。」

「近年は理化学研究所等の研究機関で絶滅危惧種のiPS細胞作製なども行われている事例もありますので、それらを用いた絶滅危惧種の保全が今後行われていく可能性もあるかと思います。」

テクノロジーが切り拓く、新しい未来。
生命科学は生命倫理の議論と切っても切れないが、私たち人間はテクノロジーで”人間由来の絶滅”のインパクトをどこまで低減し、サステイナブルな地球の未来を描いていけるのだろうか。

すべては、つながっている

野生生物の絶滅は、私たちの経済、そして社会の在り方とも深く影響しあっている。

かつてオーストリアの経済学者 ヨーゼフ・シュンペーター(1883-1950)は、その著書『資本主義・社会主義・民主主義』で「創造的破壊: Creative Destruction」を提唱した。変化のない市場の中でパイを奪い合ったり、需要や供給のバランスを小手先でこねくり回しても、市場は大きくならず、経済は発展しない。それよりも、秩序よく保たれた市場を破壊して、より成長した経済圏を創りだすことを論じた方が建設的であるとした。そして、秩序ある経済圏をぶち壊す人こそ企業家であり、その活動の中心がイノベーションであるとしている。シュンペンタ―は、この「創造的破壊」こそが資本主義の本質的な事実であると主張した。

新型コロナ感染症ウィルス感染症が引き起こしたパンデミックは、私たちの経済に大恐慌以来の巨大な損失をもたらし、接触回避と移動規制によって技術を最大有効活用したライフスタイルの変化をもたらした。私たちが、これからも向き合わなければならないリスクは、パンデミックだけではない。気候変動による災害の増加や、環境破壊の脅威も、もはや待ったなしの状態だ。

いま必要なのは、きっと「創造的破壊」の発想だ。それも、「人間」中心ではなく、「地球市民としての人間」中心で考えていくことを大前提に、国内外の協力体制を大切にしながら、ウィズ・コロナの人間の経済と社会をリ・デザインしていくことが最も大切なことではないだろうか。

横浜市繁殖センター所長の尾形さんのお話をお伺いし、そんな所感を得た。
横浜市繁殖センターは、随時、公開・見学の門戸を開いている。残念ながらコロナのご時世下で開催が見送られているが、公開・見学が叶う情況になったなら、ぜひ足を運んでみたい。


▲ カグ―を興味深く観察している子どもたち。ニューカレドニアの標高1,400メートル以下にある森林に生息する。地表棲で、飛翔することはできない。1991年に確認されている生息数は654羽以上(Wikipediaより引用)との報告がある。IUCNレッドリストでは、絶滅危惧IB類(EN)に指定。日本では、横浜市立野毛山動物園のみに展示されている。

[見学・公開についてのお問い合わせ先]

横浜市 環境創造局 公園緑地部 動物園課 繁殖センター
電話: 045-955-1911ファクス:045-955-1060
メールアドレス: ks-hansyoku@city.yokohama.jp

 

 

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